• ResorTech Okinawa(リゾテックおきなわ)

    DXの手引

    第三部中小・中堅企業の
    経営変革編

    沖縄県 商工労働部ITイノベーション推進課

    一般財団法人 沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)

    これだけ知っていれば、御社でもDXができる!

    ● DXはひと通りわかった

    ● DXにも取り組み始めている

    ● しかし、さらに経営を変革させたい

    と思ったら読む本

    はじめに

    (1)なぜDXが必要か?

    DXとは一言で言えば、「デジタル技術の活用を前提とした経営変革」です。

    沖縄県が、企業の皆様にDXを勧める理由は、企業の「稼ぐ力」を上げることにあります。

    沖縄県の「新・沖縄21世紀ビジョン 基本計画」では、5つの将来像のうち、「希望と活力にあふれる豊かな島を目指して」において、「県民所得の着実な向上につながる企業の『稼ぐ力』の強化」を基本施策としています。

    そのためには、中小企業等の経営基盤を強化して「稼ぐ力」を向上させ、全産業の労働生産性(仕事の価値)を上げることが必要です。DXは、そのための手段として期待されているのです。

    将来像3 希望と活力にあふれる豊かな島を目指して

    • 1. 県民所得の着実な向上につながる企業の「稼ぐ力」の強化
    • ・ 全産業における労働生産性の向上
    • ・ 地域・産業間連携による「稼ぐ力」と域内自給率の向上
    • ・ 中小企業等の経営基盤の強化による「稼ぐ力」の向上

    出典:「新・沖縄21世紀ビジョン 基本計画」パンフレット(沖縄県 企画部)

    (2)本書の構成

    本シリーズでは、次のように企業のDX 推進に向けて、段階的に解説します。

    • ● 第一部 小規模企業のITツール活用編…主にDXの初歩とITツール導入
    • ● 第二部 中小・中堅企業のDX取組編…企業経営を中心にDXの推進について深堀する
    • ● 第三部 中小・中堅企業の経営変革編(本書)…DXの目標である経営変革について説明

    第三部では、第一部のITツール活用と第二部のDXの取組を踏まえて、経営変革について解説しています。

    第一部と併せてDX推進の指針としてご活用下さい。

    第三部 中小・中堅企業の経営変革編(本書)

    (3)本書の対象

    右のグラフは、沖縄県内に本社がある企業を従業者規模別に示したものです。

    本書は、県内企業の約16%に相当する中小企業と中堅企業を主な対象としています。

    経営変革は、もはや大企業だけのものではありません。むしろ、規模に関係なく、全ての企業が向き合わなければならない課題となっています。

    その理由は、私たちを取り巻く経営環境が大きく変化したからです。かつては「地方だから」「中小企業だから」という言葉で済んでいたことが、もはや通用しない時代になってきています。

    本書では、このような変化の時代に対応するための具体的な取り組みを紹介しています。ITやデジタル技術の活用は、その重要な要素の一つですが、決してそれだけではありません。

    変化の波は、確実に私たちに押し寄せています。この波を乗り越え、次の時代を生き抜くための指針として、本書をご活用ください。

    従業者規模別の企業分布

    従業者規模別の企業分布円グラフ

    出典:「令和3年 経済センサス」 総務省・経済産業省

    (4)本書の読みどころ

    • 1. 経営変革の本質的な理解

      本書は、DXを単なるデジタル技術の導入ではなく、「デジタル技術を活用した経営変革」として捉えています。企業の「稼ぐ力」を上げることを最終目標に、経営全体の変革を説明しています。

    • 2. コロナ禍を通じた変革の具体的な学び

      沖縄の観光関連産業を具体例に、危機を経営変革の契機として捉える視点を提供しています。「量から質への転換」「数の経営から利益経営」への移行といった、危機を乗り越えるための具体的な戦略を示しています。

    • 3. 企業経営の4つの要素による体系的アプローチ

      市場、商品・サービス、資源、資金の4つの要素から経営変革を包括的に捉えるフレームワークを提示しています。一つの要素だけでなく、全体のバランスを考慮した変革の重要性を強調しています。

    • 4. 規模や地域に関わらない普遍的な変革の必要性

      経営変革を「大企業だけ」「都会だけ」の話ではなく、中小企業や地方企業も同様に求められていることを示しています。顧客の期待、人材の流動性、価格と価値の透明化などの観点から、変革の必要性を説明しています。

    1.経営変革とは何か?

    (1)なぜ、経営変革が必要か?

    ■ 変わっていく経営環境

    近年、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。顧客のニーズは急速に多様化し、新しい競合の参入により競争は激化の一途をたどっています。また、デジタル化への対応は、どんな企業も避けては通れない課題となっています。

    さらに、人材面では熟練社員の高齢化や若手の採用難、働き方改革への対応など、企業内部の課題も山積しています。これらの変化に伴い、人材の確保も従来以上に困難になってきました。

    このような状況下で企業が生き残り、発展していくためには、従来のやり方を見直し、新しい時代に適応した経営の仕組みを作っていく必要があります。

    つまり、経営変革は、もはや選択肢ではなく、企業存続のための必須の取組となっているのです。

    経営変革は企業存続のための必須の取組!(こんな状況はありませんか?)

    市場

    【顧客】

    • 人口減少と高齢化による需要の縮小
    • 地元の固定客の高齢化
    • 若い世代の地域外での購買行動の増加
    • 近隣の大型商業施設への顧客流出

    【競合】

    • 大型店の出店による地域商店街の衰退
    • 同業者の廃業増加による業界の弱体化
    • ネット通販との価格競争
    • 地域における協力企業の減少

    商品・サービス

    【商品・サービス】

    • 長年変更していない商品・サービス構成
    • 在庫管理や仕入れの非効率さ
    • 主力商品の利益率低下
    • 新商品開発の遅れ

    【価格】

    • 仕入価格や光熱費の上昇
    • 価格転嫁の難しさ
    • 値引き要請への対応
    • 適正な利益確保の困難さ

    資源

    【固定費的な資源】

    • 設備の老朽化
    • 店舗・工場の修繕費用の増加
    • IT投資の遅れ
    • 遊休設備の維持負担

    【人材・働き方】

    • 熟練社員の高齢化
    • 若手従業員の確保難
    • 家族従業員への依存
    • 休暇取得の難しさ
    • 賃金アップの難しさ

    資金

    【調達】

    • 運転資金の確保
    • 設備更新資金の不足
    • 担保となる資産の減価
    • 事業承継時の資金需要

    【回収・運用】

    • 支払いサイトの長期化
    • 固定費負担の重さ
    • 季節による資金需要の変動
    • 余剰資金の不足

    ■ 経営変革は大都市や大企業の話か?

    経営変革と言うと、「それは大企業だからできること」「それは都会だからできること」と言われることがあります。しかし、今やその考え方は通用しなくなっています。

    • 1.顧客のサービス品質と価格への期待

      • 沖縄観光の進展で、県外や海外からの顧客が増え、これらの顧客は母国や県外と同等のサービスを求めるようになっています。
      • 沖縄に戻った県内の顧客も、県外で最高のサービスを体験した結果、同じ品質のサービスを求めることが当然になっています。
      • 同様に、顧客はネットで全国の価格や品質を比較し、「沖縄だから仕方ない」「沖縄だから割高で当たり前」では通用しなくなった時代に突入しています。
      • 現在、沖縄に求められるのは、県外並みの価格や品揃え、あるいはそれ以上の付加価値です。
    • 2.人材の待遇への期待

      • 若手社員は、大手企業の働き方改革やキャリア支援を知っています。
      • 転職サイトで、より良い労働条件の企業を簡単に見つけられます。
      • 「中小企業だから待遇は控えめ」では、優秀な人材は確保できません。
    • 3.ビジネスチャンス

      • 大手企業は地方での事業展開を強化しています。放っておけば、地域の市場は大手に取って代わられるおそれもあります。
      • 逆に、デジタル化の進展によって、県内企業も全国市場に進出するチャンスが生まれています。
      • デジタルツールやオンラインプラットフォームを活用することで、沖縄など地方の企業も全国市場で競争できるようになったのです。
    • 4.経営の革新

      • 経営環境や価値観・技術の変化で、従来の商習慣や経営手法が通用しなくなっています。
      • 顧客との関係づくり、社員との関係も、新しい形が求められます。
      • 「うちは昔からこうだから」では、生き残れない時代となりました。

    つまり、かつての「それは都会の話」「それは大企業の話」「沖縄は独特だから違う」は、もはや言い訳にならない時代になりました。

    顧客も従業員も、全国と同じ品質のサービスや待遇を求めているのです。

    これらの環境変化に対応できない企業は、規模や地域に関係なく、選ばれなくなるおそれがあります。

    (2)経営変革も4つの要素で考える

    ■ 4つのポイントに合わせた経営変革の例

    経営変革とは、端的に言えば、「市場の変化を読み取り、それに対応できる商品・サービスを提供できるよう、社内の人材・設備(資源)と資金を最適に組み直していく」取組です。

    大切なのは、何か一つだけを変えるのではなく、会社全体のバランスを取りながら、一歩ずつ着実に改革を進めていくことです。

    では、経営変革はどのような基準で考えれば良いのでしょうか?企業経営は市場、商品・サービス、資源、資金という4つの要素で考えられます。

    経営変革も、これら4つの要素をバランスよく、かつ相互の関連性を考慮しながら、持続的に進化させていく取組です。大切なのは、一つの要素だけを変えるのではなく、全体として調和のとれた改革を目指すことです。

    企業経営の4つのポイントに合わせた具体的な取り組みを体系的に整理してみましょう。

    企業経営の4つのポイント

    各領域について説明すると…

    • 1.市場に関する改革

      • ①経営戦略:例えば、デジタル化が加速する中で、オンラインビジネスの強化を決断するような状況です。
      • ②事業モデル:例えば、「サブスク」の移行など、収益の上げ方そのものを変えることです。
      • ③収益モデル:前章の「ビジネスモデルの変革」に見るような、利益の出し方を根本的に変えることです。
    • 2.商品・サービスの改革

      • ①業務プロセス:例えば、受注から配送までの無駄な工程を省くなど、提供方法を効率化することです。
      • ②事業モデル:既存商品のリニューアル、全く新しいサービスの追加など、提供価値そのものを変えることです。
      • ③企業文化:「作りたいものを作る」から「顧客が求めるものを作る」という考え方への転換など、組織の価値観を変えることです。
    • 3.資源の改革

      • ①人材マネジメント:例えば、新しいスキルを持つ人材の採用や、既存社員の再教育など、人材力の強化です。
      • ②組織構造:部署の統廃合や、意思決定の権限移譲など、組織の動かし方を変えることです。
      • ③資源運用:設備投資の優先順位付けや、遊休資産の活用など、持っているものを最大限活用することです。
    • 4.資金に関する改革

      • ①資金運用:例えば、余剰資金の投資方針の見直しや、運転資金の調達方法の変更など、お金の使い方を最適化することです。
      • ②意思決定:投資の判断基準を明確化や予算配分の優先順位の変更など、判断の仕方を変えることです。
      • ③収益性モデル:例えば、低収益部門の切り離しや、高収益事業への経営資源の集中など、企業全体の収益構造を改善することです。

    (3)経営変革は何をすれば良いのか?

    ■ 経営変革のための4つの基礎練習

    経営変革を目指しても、「明日から何をすれば良いのか」という実践的な指針がないと現場は動きません。

    経営変革の「基礎練習」として、以下の4つの日々の習慣を紹介します。

    この4つの基礎練習は、「シンプルで具体的な行動指針」「短時間でも継続できる」「誰でもできる」ものです。

    これらの習慣を身につけることで、前述のフレームワークで示した経営課題に対する「感度」が自然と高まっていきます。まさに、経営変革という大きな目標に向かうための「筋トレ」のような役割を果たします。

    誰でも毎日できる、経営変革のための基礎練習!

    1.「数字を見る」習慣

    【具体的な行動】

    • 毎朝15分、昨日の売上を確認する
    • 週初めに先週の経費状況をチェックする
    • 月初めに前月の利益状況を把握する

    【効果】

    • 問題の早期発見につながる
    • 経営感覚が養われる
    • 具体的な対策を考えるきっかけになる

    2.「現場を歩く」習慣

    【具体的な行動】

    • 毎日30分は現場に立つ
    • 従業員と短く会話する時間を作る
    • 気づいたことをメモする

    【効果】

    • 現場の実態がわかる
    • 従業員との距離が縮まる
    • 小さな改善のヒントが得られる

    3.「お客様の声を聴く」習慣

    【具体的な行動】

    • 毎日1件は顧客の声を直接聞く
    • クレームやフィードバックを必ずチェックする
    • 競合の動きを確認する

    【効果】

    • 市場の変化を肌で感じられる
    • 商品・サービスの改善につながる
    • 競争力の維持・向上に役立つ

    4.「書き出す」習慣

    【具体的な行動】

    • 毎日5分、気づいたことを書き出す
    • 週末に今週の振り返りを書く
    • 月末に来月やるべきことを書き出す

    【効果】

    • 思考が整理される
    • 行動の優先順位がつけやすくなる
    • 進捗管理がしやすくなる

    ■ 基礎練習が経営改革とDXの土台となる理由

    日々の基礎練習は、経営改革とDXの本質的な目的である「事実(データ)に基づく意思決定」「顧客価値の継続的な創造」「組織全体の変革力の強化」につながっています。

    • ① 経営改革とDXの本質

      経営改革やDXの本質は、単なる「テクノロジーの導入」ではありません。その本質は…

      • 事実に基づく意思決定の仕組み作り
      • 顧客価値の継続的な創造
      • 組織全体の変革力の強化

      にあります。

    • ② 4つの基礎練習とその真の意味

      以下の表は、4つの基礎練習がどのように経営改革・DXの実現を支えているのかを示しています。

      一見すると単純な日々の行動が、実は経営改革とDXに必要な「組織の体質改善」と「変革への準備」を着実に進める役割を果たしているのです。

      事実を重視する習慣、現場を理解する姿勢、顧客の声に耳を傾ける文化、そして学習する組織づくり。

      これらの基礎があってこそ、本当の意味での経営改革とDXが実現できるのです。

      経営変革には「事実」と「実践」を積み上げる!

      基礎練習 具体的な行動 本質的な意味 経営改革・DXとの関係
      1.数字を見る
      • 毎日の売上、経費、利益をチェック
      • データに基づく経営判断の習慣化
      • データによる経営の土台作り
      • 「感覚」から「データ」への進化
      2.現場を歩く
      • 毎日30分は現場で過ごし、会話する
      • 実態把握と課題発見の習慣化
      • 改善ポイントの発見
      • 真に必要なデジタル化の特定
      3.お客様の声を聴く
      • 毎日1件は顧客の声を直接聞く
      • 市場ニーズの把握と変化への対応
      • デジタル投資の方向性確認
      • 新しいビジネスモデルのヒント発見
      4.書き出す
      • 毎日5分、気づきをメモする
      • 経営課題の整理と共有の仕組み化
      • 組織的な知識管理の基盤
      • 改善・改革のPDCA確立
    • ③ この取り組みがもたらす3つの効果

      この基礎練習は、経営変革に対し次の効果をもたらします。

      • 変革の持続性確保…日常的な小さな改善の積み重ね、全社的な変革マインドの醸成
      • 組織能力の強化…データに基づく判断力、変化への適応力
      • 投資効果の向上…真に必要な投資の見極め、現場の受容性の向上

      特に、「投資効果の向上」では、

      • 「数字を見る」ことで、どの業務にコストがかかっているのか、どこに非効率があるのかが見えてきます
      • 「現場を歩く」ことで、実際に困っている業務や改善すべきポイントが具体的に分かります
      • 「お客様の声を聴く」ことで、本当に価値を生む投資か判断できます
      • 「書き出す」ことで、投資の優先順位づけに必要な情報が蓄積されます

      これらの習慣なしには、いくらテクノロジーを導入しても、真の経営改革やDXは実現できません。

      ご紹介した基礎練習は、デジタル時代における「経営の筋トレ」なのです。

    2.経営変革を考える

    (1)コロナ禍に見る観光産業の経営変革(事例分析)

    ■ コロナ禍で顕在化した課題と変革

    沖縄県内で、経営変革の必要性が如実に顕れた事例は何でしょう?

    最近では、新型コロナウイルス感染症の流行が挙げられます。この時、沖縄県内の観光関連業界は経営変革を迫られました。この変革は、大きく二つの側面から捉えることができます。

    コロナ禍の下で、県内の観光業界にはこのような課題と変化が顕在化した!

    コロナ禍は確実に沖縄の観光関連産業に大きなインパクトを与え企業におけるDX推進・データ利活用の動機となった

    一つは、観光関連産業が従来から抱えていた根本的な課題への対応です。観光産業は、県内の商圏や資源に立脚しており、沖縄県外への拡大が困難という特徴があります。そのため、限られた商圏内での機会損失防止と資源配分の適正化を通じて、「数の経営」から確実な利益確保を目指す「利益経営」への変革が求められました。

    もう一つは、コロナ禍により顕在化した課題への対応です。観光客の流入停止により、大量集客に依存したビジネスモデルの脆弱性が露呈しました。これを機に、経営方針を薄利多売から厚利少売へ、顧客対象を県外から県内重視へ、さらに対象設定を十把一絡げから細別深掘りへと転換する「量から質への転換」が進められました。

    これら二つの変革は、一見異なる方向性に見えますが、実際には「利益経営」という共通の目標に向かっています。すなわち、「量的拡大の限界を認識しつつ、質的向上を通じて持続可能な経営を実現する」という、観光関連産業における本質的な経営変革が進められているのです。

    ■ コロナ禍が沖縄の観光産業に与えた影響

    沖縄県の入域観光客数

    沖縄県の入域観光客数の推移を見ると、これまでにも世界同時多発テロ(2001年)、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)など、世界的・全国的な混乱による観光客数の減少を経験してきました。しかし、これらの影響は一時的・限定的なものにとどまり、長期的には増加傾向を維持してきました。

    2019年には過去最高となる1,016万人を記録するなど、右肩上がりの成長を続けてきた沖縄観光。観光客数が増え続けるこの時期には、恐らく多くの事業者が誰も経営変革など考えていなかったのではないでしょうか。。「今日の損失は明日の増収で十分カバーできる」と考えていたからです(事業者談)。

    しかし、2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行により観光客数は急激に減少し、2020年にはわずか302万人と30年前(1991年)の水準にまで逆戻りする事態となりました。この減少幅は過去の危機をはるかに上回るものでした。

    その後、徐々に回復の兆しを見せ、2024年には966万人まで回復していますが、この経験は沖縄の観光関連産業に大きな教訓を残すことになりました。観光関連事業者が、これまでの「量」を重視した観光ビジネスから、より持続可能な観光のあり方を模索する契機となったのです。

    この事例を見るだけでも、経営変革の重要性が見て取れます。観光関連産業の経営者の中には「一度変革に着手したら、もう昔のやり方には戻れない、戻りたくない」と明言する方もいらっしゃいます。

    (2)経営変革の実現方法(事例分析)

    ■ 「数の経営から利益経営」への変革(分析)

    「数の経営から利益経営」

    では、前項の「数の経営から利益経営」の変革について詳しく見ていきましょう。

    まず大切なのは、「たくさん売れれば良い」という考え方から「利益を確実に残す」という考え方への転換です。そのためには、まず経営の現状を数字でしっかりと把握することから始める必要があります。

    この経営変革は、大きく分けて二つの方向から取り組みます。一つは「機会損失を防ぐ」こと。もう一つは「資源配分の適正化」です。

    これらの取り組みを通じて「残す力」を強化し、最終的に利益を重視した経営モデルを確立することを目指します。

    以下の図は、この経営変革の全体像を詳細化したものです。それぞれの要素について、具体的に見ていきましょう。

    経営変革で「残す力」を強化しよう!

    残す力の強化
    • A.今の経営を数字で把握・・・まずは数字で現状を正確に把握する
      • 商品やサービス別の利益率を計算し、どの商品でどれだけ儲かっているかを把握
      • 固定費(家賃・人件費等)と変動費(仕入・材料費等)の割合を整理し、最低限必要な売上額を算出
      • 時期別・時間帯別の売上データから、繁閑の波を数値化
    • B.機会損失防止策(売上向上)
      1.顧客の分析と対策・・・顧客の特徴と行動パターンを分析する
      • 予約データや売上データから、常連客の利用頻度、購入単価、好みのサービスを分析
      • 新規の顧客がリピーターになる割合と、その要因を特定
      • 最も収益に貢献している顧客層を見つけ出し、その顧客に合わせたサービス開発
      2.価格戦略の最適化・・・需要に応じた適切な価格設定で収益を最大化
      • 繁閑期での価格差をつけ、閑散期の集客と繁忙期の利益確保を両立
      • 平日・休日、時間帯による価格変動の仕組みづくり
      • 高付加価値商品と普及価格帯商品のバランスを取った品揃え
      3.サービス品質向上・・・顧客満足度を数値化し、継続的に改善
      • 顧客アンケートを点数化し、満足度の推移を測定
      • 苦情やクレームの内容を分類し、優先的に改善すべき項目を特定
      • スタッフの接客レベルを数値評価し、研修テーマを設定
    • C.資源配分適正化策(利益確保)
      1.コスト構造の見直し・・・経費の中身を細かく分析し、ムダを省く
      • 主要な経費項目について、売上に対する適正比率を設定
      • 仕入先の定期的な見直しと、発注ロットの最適化
      • 業務内容の棚卸しを行い、外注化が有利な業務を特定
      2.人材配置の効率化・最適化・・・売上と人件費のバランスを取る
      • 時間帯別の必要人員数を算出し、シフト作成に反映
      • 繁忙期は派遣やアルバイトで補完し、固定費を抑制
      • スタッフの多能工化により、人員配置の柔軟性を確保
      3.設備投資の最適化・・・必要な投資と回収計画を明確にする
      • 設備の修繕・更新計画を定期的に作成
      • 新規設備導入時は、売上増加額または経費削減額を試算
      • リース活用による初期投資の抑制を検討
    • D.「残す力」の強化・・・売上と利益の両立を図る
      • 部門別・商品別の粗利率を毎月チェック
      • 高収益商品の開発と販売強化
      • 経費削減と客単価向上の数値目標を設定
    • E.利益経営モデルの確立・・・PDCAサイクルを回す
      • 月次で重要な経営指標をチェックする仕組みづくり
      • 収支計画と実績の差異分析
      • 従業員との定期的な目標と実績の共有

    実践のポイント

    1. 1.まずは現状把握からスタート
    2. 2.できることから順番に着手
    3. 3.効果を数値で確認
    4. 4.成功事例を社内で共有
    5. 5.定期的に見直しと改善を実施

    この中で最も大事なことは、「A.今の経営を数字で把握・・・まずは数字で現状を正確に把握する」です。

    このために、本シリーズ第一部や第二部で述べた取組が必要なのです。

    これらの取り組みを通じて、「どれだけ売上があるか」ではなく、「どれだけ利益が出ているか」を重視する経営への転換を図ります。

    ■ ビジネスモデルの変革(分析)

    ビジネスモデルの変革

    では、次に「量から質への転換」について詳しく見ていきましょう。

    まず大切なのは、「大量の顧客に来ていただいて薄利でも稼ぐ」という考え方から、「価値のあるサービスを提供して適正な利益を確保する」という考え方への転換です。そのためには、まず市場の動きを数字でしっかりと把握することから始める必要があります。

    この経営変革は、大きく分けて二つの方向から取り組みます。一つは「事業構造の見直し」。もう一つは「顧客との関係性強化」です。これらの取り組みを通じて「高付加価値化」を推進し、最終的に質を重視した経営モデルを確立することを目指します。

    以下の図は、この経営変革の全体像を詳細化したものです。それぞれの要素について、具体的に見ていきましょう。

    経営変革で質重視の経営を確立しよう!

    質を重視した経営モデルの確立
    • A.市場の動きを数字で把握・・・今、何が起きているのかを理解する
      • 顧客のニーズや行動の変化を数値で確認
      • どんな客層がどんなサービスを選んでいるかを分析
      • リピート率や客単価の推移を把握
    • B.事業構造の見直し
      1.商品・サービスの見直し・・・提供する価値を再検討する
      • 現在の商品・サービスの強みと弱みを分析
      • 顧客の評価が高いものを伸ばす
      • 新しい需要に対応した開発を行う
      2.付加価値の向上・・・顧客の満足度を高める要素を追加
      • サービスの質的向上につながる要素の特定
      • スタッフの専門性や技術力の向上
      • 顧客の期待を超える新しい価値の提供
      3.強みの強化・・・自社の優位性を伸ばす
      • 現在評価されている要素を更に磨く
      • スタッフの得意分野を活かす
      • 他社との差別化につながる要素を強化
    • C.顧客との関係性強化
      1.顧客層の細分化と対応・・・顧客一人一人を理解する
      • 目的や好みによる顧客層の分類
      • それぞれの層に合わせたアプローチの開発
      • 特に注力すべき顧客層の選定
      2.顧客ニーズの深掘り・・・より深い理解と対応を行う
      • 顧客との対話の機会を増やす
      • 潜在的なニーズの発見
      • 個別の要望への柔軟な対応
      3.パートナーとの連携強化・・・外部との協力で価値を高める
      • 相互補完できるパートナーの発掘
      • 新しいサービスの共同開発
      • 地域全体での価値向上
    • D. 高付加価値化の推進・・・質的向上を実現する
      • より高い価値の提供による満足度向上
      • 適切な対価の確保
      • 持続可能な事業モデルの構築
    • E.質を重視した経営モデルの確立・・・新しい経営の定着
      • 価値提供と収益確保の両立
      • 長期的な信頼関係の構築
      • 持続的な成長基盤の確立

    実践のポイント

    1. 1.市場の変化を常に意識する
    2. 2.顧客との対話を重視する
    3. 3.スタッフの意識と能力の向上を図る
    4. 4.段階的に取り組みを進める

    この中で最も大事なことは、「A.市場の動きを数字で把握・・・今、何が起きているのかを理解する」です。

    ここでも、本シリーズ第一部や第二部で述べたDXが必要となります。

    これらの取り組みを通じて、「大量の顧客に来ていただいて薄利でも稼ぐ」という考え方から、「価値のあるサービスを提供して適正な利益を確保する」という質を重視した経営への転換を図ります。

    (3)経営改革の例示ストーリー

    では、以上の考え方をストーリーで考えてみましょう。

    ■ 土産物店の経営変革

    国際通りにある土産物店「DX商店」では、観光客が回復する中で、コロナ時の業績低迷を教訓に経営改革に取り組むことにしました。

    この経営改革は、二つの視点から進めることとしました。

    一つは「数の経営から利益経営への変革」。これは、今までの「とにかく売上を上げる」という考え方から、「確実に利益を残す」という考え方への転換です。

    もう一つは「量から質への転換」。これは、「たくさんの顧客に来ていただいて薄利でも稼ぐ」という考え方から、「価値のあるサービスを提供して適正な利益を確保する」という考え方への転換です。

    現状を見ると、売上の7割を占める定番商品の箱菓子は粗利率が10%程度に留まっており、価格競争の影響で収益性は低下傾向にあります。一方で、顧客の様子を見ると、地元の食材や製法にこだわった商品への関心が高まり、商品の背景やストーリーを重視する傾向も出てきています。

    また、個人の顧客が6割を占めるようになり、SNSでの情報収集をきっかけに来店されるケースも増えています。

    このような状況を踏まえ、DX商店では、「利益を確実に確保できる経営体質づくり」と、「顧客により高い価値を提供できる事業構造への転換」、この二つを同時に進めていくことにしました。

    • コロナ禍での苦い経験を教訓に、経営改革に取り組むことに

    • 粗利率はわずか10%。価格競争で収益性が低下

    • 顧客のニーズも変化。今までどおりにはいかない

    • 「とにかく売上」から「確実に利益を残す」経営へ
      「大量・薄利」から「価値ある商品で適正な利益」へ

    • 二つの改革を同時に推進
      ・利益を確実に確保できる経営体質づくり
      ・より高い価値を提供できる事業構造への転換

    以下の表は、この二つの視点からの経営改革の取り組みを整理したものです。

    決断のステップ 実践のステップ

    これらの二つの視点は、別々のものではありません。むしろ、相互に補完し合いながら、二つの大きな転換を実現します。

    一つは、「顧客の数や売上の規模」で測っていた経営から、「一つひとつの商品でどれだけ利益を残せるか」を重視する経営への転換です。もう一つは、これまでの「観光客向けの土産物店」という事業構造から、「地域の価値ある商品を贈答シーンで提供する専門店」という新しい事業構造への転換です。

    この二つの変革を同時に進めることで、持続可能な経営モデルの確立を目指します。

    このストーリーは、「数の経営から利益経営へ」「量から質へ」という転換の方向性を示すと同時に、その実現には事業構造自体の抜本的な変革が必要であることを示しています。

    3.御社の経営変革 必要度&進捗度チェックリスト

    まずは、「今、御社に経営変革が必要かどうか」をチェックしてみましょう。

    以下のチェックリストを使えば、自社の現状を簡単に把握でき、次に進むべき方向性が見えてきます。

    たった5分で、御社の未来への第一歩を踏み出せます!

    (1)経営変革の必要度チェックリスト

    1. 市場環境の変化

    1. ①.自社の売上がここ3年間で横ばいまたは減少している。
    2. ②.競合他社の新しい取り組みや成長に危機感を感じる。
    3. ③.顧客のニーズが以前と比べて変化していると感じる。

    2. 自社の内部状況

    1. ①.自社の商品やサービスの魅力が顧客から十分に評価されていないと感じる。
    2. ②.社員が「現状維持で良い」と考えている雰囲気を感じる。
    3. ③.社内での意思決定が遅い、または非効率だと感じる。
    4. ④.ITやデジタルツールの活用が進んでいない。

    3. 自社の財務状況

    1. ①.利益率が年々低下している。
    2. ②.コスト削減のために苦しい決断を迫られることが増えている。
    3. ③.資金繰りに余裕がない、または将来的に不安を感じる。

    4. 顧客満足度と市場での評価

    1. ①.リピーターや常連客が減少している。
    2. ②.顧客からのクレームや要望に迅速に対応できていない。
    3. ③.自社のブランドや商品が市場で目立たなくなっている。

    5. 経営者自身の意識

    1. ①.自社の将来像や目標が明確でないと感じる。
    2. ②.周囲のアドバイスや提案に耳を傾ける余裕がない。
    3. ③.現状維持のままでは危険だと感じているが、何から始めれば良いか分からない。

    ■スコアの評価

    • 「はい」が0~3個: 変革の必要性は低い可能性があります。ただし、将来のリスクを見据えて定期的に 見直しを行いましょう。
    • 「はい」が4~8個: 経営変革を検討するべき段階です。特に具体的な課題がどこにあるかを特定し、 少しずつ改善を始める必要があります。
    • 「はい」が9個以上: 経営変革が緊急課題です。このまま放置すると競争力を失うリスクが高まります。 専門家の支援や社内改革プロジェクトの立ち上げを検討しましょう。

    (2)経営変革の進捗チェックリスト

    経営変革に取り組んだら、以下のチェックリストを、前半(基礎固め)と後半(実行・モニタリング)の2段階で確認しましょう。

    ■前半(基礎固め)

    目標: 自社の現状を把握し、明確なビジョンと優先順位を設定する。

    得点:「はい」2点 「部分的にできている」1点 「いいえ」0点 10項目(満点20点)

    1. 現状把握 得点
    ① 自社の強み・弱みをリストアップしましたか?(例: 製品力、コスト競争力)
    ② 市場や競合の状況を調査しましたか?(例: 市場シェア、競合の動き)
    ③ 顧客からのフィードバックや意見を収集しましたか?(例: クレーム、要望)
    ④ 社員からの意見や現場の課題をヒアリングしましたか?
    2. ビジョンと目標設定 得点
    ① 3~5年後の目標を具体的に設定しましたか?(例: 売上10%増)
    ② 目標達成のための数値指標(KPI)を決めましたか?(例: 顧客満足度80%以上)
    ③ 全社員で共有できるシンプルなビジョンを作成しましたか?
    3. 優先順位の選定 得点
    ① 取り組むべき課題の中から、最優先事項を決定しましたか?
    ② 高インパクト・低リソースで実現可能な施策を選びましたか?
    ③ 短期(3~6か月)、中期(1~3年)、長期(3年以上)の計画を分けましたか?
    合計

    ■前半(基礎固め)の得点評価

    15~20点:非常に良好(準備万端)

    • 経営変革の基礎がしっかりできており、次の段階に進む準備が整っています。
    • 後半(実行)にスムーズに移行し、短期目標の達成を目指してください。

    10~14点:良好(基礎は比較的安定)

    • 全体的に進んでいますが、一部で不足が見られます。特に顧客や社員からのフィードバックが不十分な場合が多いです。
    • スコアが低い部分(例:顧客の声の収集や目標設定)を優先的に補強してください。

    5~9点:改善の余地あり(注意)

    • 基礎固めが十分ではなく、このままでは実行段階で失敗するリスクがあります。
    • 特に「現状把握」の取り組みに集中してください。
    • 自社の強みや課題が曖昧な場合、外部の支援を受けることを検討してください。

    0~4点:緊急対応が必要(危機的状況)

    • 経営変革の準備がほとんどできていません。このままでは現状維持すら難しいです。
    • 最優先で「現状の把握」と「目標設定」を進めてください。
    • 外部の専門家を活用し、短期的に計画を策定する必要があります。

    ■後半(実行とモニタリング)

    目標: 計画を実行し、進捗をモニタリングしながら柔軟に改善する。

    得点:「はい」2点 「部分的にできている」1点 「いいえ」0点 9項目(満点18点)

    1. 実行 得点
    ① 優先施策を具体的な行動計画に落とし込みましたか?(例: 新商品の開発)
    ② 必要なリソース(人材、資金、時間)を確保しましたか?
    ③ 経営変革をリードする担当者やチームを任命しましたか?
    ④ 社員からの意見や現場の課題をヒアリングしましたか?
    2. 組織の巻き込み 得点
    ① 社員に目標や計画を説明し、意義を共有しましたか?
    ② 社員の不安や疑問に対して丁寧に説明し、対話を行いましたか?
    ③ 成果が出た場合、社員を適切に評価・称賛していますか?
    3. モニタリングと改善 得点
    ① 設定した数値目標(KPI)の達成度を定期的に確認していますか?
    ② 実行した施策の効果を分析し、改善ポイントを見つけていますか?
    ③ 必要に応じて計画を柔軟に見直し、新たな行動計画を作成しましたか?
    合計

    ■後半(実行とモニタリング)の得点評価

    15~18点:非常に良好(実行力あり)

    • 計画が適切に実行され、モニタリングと改善が進んでいます。
    • 引き続き進捗を確認しながら、さらなる改善や新しい目標を設定してください。

    10~14点:良好(安定的な実行)

    • 実行が進んでいますが、モニタリングや組織の巻き込みに課題がある可能性があります。
    • 社員との連携を深め、施策の成果を共有する取り組みを強化してください。

    5~9点:改善の余地あり(注意)

    • 実行やモニタリングが不十分で、成果が十分に出ていない可能性があります。
    • 特にモニタリングの仕組みを整備し、計画の見直しを定期的に行ってください。
    • 担当者やチームの役割分担が明確か確認してください。

    0~4点:緊急対応が必要(危機的状況)

    • 実行やモニタリングがほとんど行われておらず、計画が形骸化している可能性があります。
    • 優先施策を絞り、小さな成功体験を積むことを目指してください。
    • 社内の意識改革を最優先で進め、計画の再構築を検討してください。

    ■ 前半と後半の得点を比較する

    • 前半の得点が後半を上回る: 実行段階に課題があるため、計画の実行力やモニタリングを強化する。
    • 前半と後半の得点が同等: 全体的にバランスが取れており、着実な進捗が可能。
    • 前半の得点が後半を下回る: 基礎固めが不十分なまま進めている可能性があるため、計画を再確認する。

    ■ 取組のポイント

    • 前半だけ先に取り組む: 現状把握と目標設定が終わるまでは、実行に移らない。
    • 定期的に振り返る: 前半の基礎固めがしっかりできているか、都度確認する。
    • スコアが低い方(前半・後半)の取り組みに集中し、バランスを整える。
    • 小さな一歩を大切にする: 「完璧な計画」を作るより、まず1つでも実行することを重視する。

    付録:各種支援・相談先・補助金一覧(2024年度版)

    ■ 相談窓口

    ■ 補助・助成金