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私たちの食の根幹を支える大切な農業は、現在、高齢化、後継者不足に加え、技術継承、生産性向上の部分に様々な課題を抱えています。その課題を解決に導くため、農林水産省は、「ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業」をスマート農業と位置づけ、その普及・実現を図っています。
令和4年度の沖縄の基幹的農業従事者の平均年齢は65.9歳(全国平均67.9歳)、70歳以上の高齢者の占める割合は45.8%(全国平均56.7%)。全国と比較すれば若干良い数字ではありますが、高齢化は顕著で、後継者の育成や技術の継承、生産性向上のため、スマート農業への転換は不可欠です(※)。
今回は、沖縄本島の最南端・糸満市で、スマート農業に踏み出したある農家の事例をご紹介します。

※内閣府 沖縄総合事務局 農林水産部が令和5年4月に作成した『沖縄の農林水産業の現状と課題』より

水と肥料を与えるため、早朝から時間に追われる毎日

山城豪(やましろごう)さんは、糸満市に5カ所の圃場(ほじょう/農作物を栽培する土地)を持ち、従業員(特定技能外国人)3名を抱えるきゅうり農家です。夏場には1日で5cmほども大きくなるというきゅうりは、毎日朝晩2回の収穫が必要な時期もある野菜。早朝からの水・肥料やり、温度・湿度をコントロールするためのハウスの開閉、実を大きく、均一に成長させるために余分な葉や芽を摘む作業など、日々の仕事は目白押しです。

山城さん
「ほかの野菜なら植え付けから収穫まで2~3カ月が必要ですが、きゅうりなら約30日で次々と実がなって毎日収穫できるところが魅力。でも、その分たくさんの水や肥料を欠かさず与える必要があり、毎日早朝からハウスを回らなければならず、常に時間に追われていました

ゼロアグリ導入きゅうり農家・山城豪さん
糸満市に5カ所の圃場を所有するきゅうり農家、山城さん

これまでの経験をもとに、樹や土の状態、天候などに応じ調整することが求められる水やり、肥料やり。特にきゅうりは繊細な作物で、水や肥料が少なければ育たず、与えすぎれば病気にかかりやすくなってしまうため、適切な量を保てなければ大きな収穫量ダウンにつながりかねません。
経験の浅い従業員に任せることもできず、毎朝ハウスを回っていた山城さんでしたが、ある時、JAの栽培指導員から「AIを使った自動潅水(かんすい/水やり)施肥(せひ/肥料やり)のシステムを使ってみないか」と声をかけられます。そのシステムが「ZeRo.agri(ゼロアグリ)」でした。

山城さん
土壌の状態や天気予測から適切な水や肥料の量を判断し、与えてくれると聞いても、私がこれまでやってきたことをシステムで再現できるのか、半信半疑でしたね。でも、糸満市からの導入費補助もあり、作業が少しでも楽になれば、と考えました」

山城さんは、福岡の導入農家も見学し、使用感なども聞いて導入を決定。2022年10月、9棟のハウスが並ぶメインの圃場のうちの2棟で11月頃から本格稼働が始まりました。

手動では難しい少量多頻度の水やりを実現。台風時にも助けられた

ゼロアグリの仕組み
位置・センサーからの情報を使い、AIが予測・計算を行うゼロアグリの仕組み

「ZeRo.agri」は、位置情報から得られる予報日射量に加え、センサーを通して土壌の水分量、地温、土壌のイオン濃度を表すEC値を計測。水を流し続ける期間と流さない期間を設け、圃場の土に適した水分量を割り出す「準備潅水」という作業で算出する目標土壌水分量や施肥調整設定に合わせ、AIが予測・計算を行って最適な潅水施肥を行うハウス向けシステムです。

そのデータはスマホやパソコンにリアルタイムに送信・蓄積され、遠隔操作も可能LINEでのアラート機能もあり、水や肥料が出ていない、または出すぎているといった緊急の場合はもちろん、電源が落ちてシステムが作動しなくなってしまう雷の予報の際や、液肥切れのタイミング予測も送られます。
トマトやいちご農家など全国で370台以上が導入され、沖縄県内では糸満市と本部町で稼働しているということです。

山城さん
「システムを使用していないハウスには、従来どおり手作業で水・肥料やりを行っていました。変化が目に見えてわかったのは植え付けした苗の生育状況。通常はばらつきが大きいんですが、システムを使ったハウスの苗はほぼ均一に育っていきました。樹の状態も良く、収穫できる量も増えていると感じています」

ゼロアグリの少量多潅水
予測にもとづいた1時間ごとの少量多潅水で土壌水分を一定に保つ

本来、少しずつ何度も与えるのが理想の水。私たち人間も一気に大量の水を与えられる、逆に喉がカラカラといった状況はストレスとなりますが、野菜もそれは同様なのだそうです。しかし、人の手でとなるとつきっきりで行わなければならず、小さな圃場がひとつだけ、といったケースを除いてどうしても朝夕に1回ずつ、もしくは1日1回といった与え方になる場合がほとんど。システム導入から約1年、水を1時間に1回という少量多頻度で与え、常に適切な状態に保てることに加え、10アール(1000㎡)あたり通常年間約30.5時間かかる水やり・肥料やりの時間は、システムを導入した場合約1.8時間となり、約96%短縮されることがわかりました。

当初はきちんと潅水施肥が行われているか不安でひとつひとつ確認していた管理画面も、最近ではざっと目を通すのみになった、と笑う山城さん。「まだまだ半信半疑です」としながらも、2023年8月、約1週間にわたって沖縄付近を迷走し、各地に甚大な被害をもたらした台風6号の際にも、システムに助けられた、と語ります。

ゼロアグリの操作画面
スマホの管理画面。青は水、緑は液肥の供給実績

山城さん
「植え付けから間もない時期だったんですが、システムを入れていないハウスには、私が行けない間当然水も肥料も供給できないまま。これまで台風時にできることはありませんでしたが、システムを入れたハウスでは停電した2、3日を除いて水と液肥が流れていました。何もできなかったハウスと比べてダメージからの復活や成長も早く、だいたいですが収穫量も60%ほど多く、被害が少なく済みました

新たな野菜の栽培にも着手。さらなる生産性向上に向けシステムリサーチも継続中

管理画面はメーカーの担当者も閲覧が可能なため、チャットや電話でのやりとりもスムーズでした。訪問サポートも活用しつつ、山城さんは段階的にシステムで管理するハウスを増やし4棟まで拡大。2024年2月、もしくは2024年の夏頃に、メインの圃場の残り5棟にも導入を予定しています。

きゅうり栽培のハウス
9棟すべてのハウスにシステムを導入予定

山城さん
「4棟のハウスにシステムを入れただけでも、毎朝慌てなくて済むようになりました。水やりに取られる時間が少なくなった分とても楽になりましたし、ほかのタスクに追われて後回しになってしまいがちだった肥料も自動供給できるので本当に助かっています。きゅうりの品質管理に入れる時間も増え、収穫量も上がっていると感じます。導入を検討している農家さんにもすすめられますね
9棟のハウス、つまりこの圃場すべての水と肥料の供給をシステムが私の代わりにやってくれることになれば、もっとしっかり品質管理に時間を割くことができます最適な日照・湿度を保つことで病気や虫の発生を最小限にし、収穫量を増やせるんです。今後規模を拡大していくこともできるでしょう。まだまだ使いこなせていない機能もあるので、勉強しながら進めていこうと思います」

山城さんは、システム導入によって生まれた時間と体力的・精神的な余裕を使い、露地でのキャベツ栽培も開始しました。AI潅水施肥システム以外にも、ハウスの自動巻き上げ、二酸化炭素を充満させ光合成を促進するものなど、様々なシステム導入も視野に入れて調べているということです。
今後さらに深刻化する人材不足と人的コストの増加。その中で、品質や収穫量を上げ、現在の収益を確保し、さらに成長していくためには、機械やシステムの力を借り、水や液肥の供給履歴、土壌水分量などのデータを記録・分析・活用することは必要不可欠と考えられます。

できる部分を機械やシステムに任せ、生産性を上げる。それは、より品質の良い作物が育ち、私たち消費者に届けられることにもつながります。スマート農業はこれまでの農家の仕事を大きく変えていくのはもちろん、私たちの食の質も大きく変えていく可能性を秘めています。

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