AIカメラやヒートマップのデータから、売れ筋商品や顧客ニーズを把握し商品作りに役立てる。顧客のニーズを掴むためのツールとしてテクノロジーの力を使いこなす企業が、石垣島にあります。
1999年創業の合同会社石垣焼窯元(いしがきやきかまもと、以下石垣焼窯元)の「石垣焼」は、イギリスの大英博物館に収蔵され、2025年開催の大阪・関西万博(日本国際博覧会)にも展示されるなど、ガラスと陶器を融合させた逸品を生み出しています。制作・販売に加え陶芸体験も実施しており、コロナ禍を機にアナログ中心だった業務にデジタルを取り入れ、商品制作にデータの視点を加えはじめました。
業務のほとんどが紙やExcelベースだった窯元のものづくりは、ITとデータによってどう変わっていったのでしょうか。

売れているのに、事務作業に忙殺されて作品を作れない

石垣焼窯元は美しい「石垣ブルー」を映した陶器やアクセサリーの制作と販売に加え、陶芸体験受入も行っています。石垣焼窯元のIT導入を主導した工藤晴美(くどうはるみ)さんは、石垣焼窯元の実施する陶芸体験を通して「ものづくりの仕事もいいな」と感じたことをきっかけに移住し、石垣焼窯元の一員となったそうです。

陶器の制作はもちろん、接客も全員で担う業務体制の中で、年間約2,000件にものぼる陶芸体験受付業務には多くの手間と時間がかかっていました。個人客向けには一部予約システムも使用していましたが、基本的にはFAXや電話、メール、店頭での申込が主。予約状況をスタッフ全員で共有するためにはGoogleカレンダーやExcel、台帳への転記が必要なうえ、確認のための返信、キャンセルや変更の際の訂正作業も多く発生していました。また、来店時の受付や、約8カ月を要する焼き上げ後の商品の郵送伝票への記入、注意事項説明なども必要であり、1日約2時間半もの時間を費やしていたそうです。転居や記載ミスなどで発送作業に支障が出る場合や、「受取までこんなに時間がかかるなんて聞いていない」といったクレームにつながることもありました。

海外からの来店客も多く、その対応にも苦慮していたそうです。各国の通貨での価格は当日のレートを調べ電卓で計算、6名のスタッフのうち英語対応ができるのは工藤さんのみで、質問などがあれば都度対応しなければならなかったのです。

石垣焼窯元では、抹茶碗をはじめ高価格帯の商品も多く取り扱います。興味を持って足を止めたお客さんには石垣焼の持つ価値をしっかりと伝えることが必要ですが、経験の浅いスタッフでは難しく、購買につながらないケースもありました。対応可能な熟練スタッフは限られており、制作が思うように進められない事態も引き起こしていました。

石垣焼窯元のDXの立役者となった工藤さん

工藤さん
「店頭での売れ行きは順調なのに並べるものが足りず、販売機会の損失が起きていました。もっと商品を作りたい、そのためには何かを削って時間を作らなければなりません。削るべきなのは手書きと紙ベースの業務だと感じていました」

こうした課題を抱えながらも、好調な観光需要の中で立ち止まる余裕はありませんでした。
転機は、2020年に訪れます。

「私たちに足りないものはこれでは」と直感。顧客層の変化からDXを見据えたIT導入へ

2020年からのコロナ禍により、来島する観光客が激減。石垣焼窯元は事業継続のためにクラウドファンディングを実施、ECサイトも連動させて立ち上げます。

工藤さん
「クラウドファンディングをするならECサイトも必要だよね、と取り組みました。お客さまからの要望も以前からあったんですが、時間も知識も追いつかなくて。それに、一つ一つ手作りの石垣焼は、ブルーのグラデーションの表情もそれぞれ。オンラインでの販売には不向きでは、という気持ちもあって二の足を踏んでいました。コロナ禍で少しでも売上を伸ばすために、必死で立ち上げたんです」

コロナ禍で必死に立ち上げたホームページとECサイト

クラウドファンディングは成功裏に終わり、ECサイトもしっかりと機能していくように。そんな中、工藤さんはシニア層・団体が中心だった顧客の変化に気づきました。

工藤さん
個人のお客さまが増え、若い年代の方を多く見かけるようになったんです。クラウドファンディング実施やECサイトの開設で、これまでとは違う方々が私たちのことを知ってくださるようになったのかもしれない、と感じました」

ターゲットとすべき顧客層はどう変わったのか。海外からの来店客はどの国から、どんな手段で石垣島まで来ているのか。そして、彼らが求めるものはどんなものなのか。工藤さんは、紙ベースの業務を効率的に変えていくことに加え、変化し始めた顧客の属性と彼らの求める商品を把握し、優先的に制作して売上を伸ばしていくことが必要では、と思い始めます。

そんな時、企業のDXを補助金で支援する沖縄DX促進支援事業(令和7年度より沖縄DX推進支援事業、沖縄県商工労働部ITイノベーション推進課事業)を活用した事業者の事例を知りました。
ITやDXについては特に知識がなかったそうですが、「ITを使ったこんな考え方もあるんだ。私たちに足りないのはこれなのでは」と直感したのだそうです。書類を整えて申請を行い、採択通知を受け取ったところから、石垣焼窯元のDXが動き始めます。

変化にともなう現場の負担を最小限に。データ連携と「これまでと変わらない」ことを重視

真っ先に進めたのは陶芸体験教室総合予約サイトの構築でした。工藤さんが重視したのは、見やすさ・使いやすさはもちろん、予約情報・顧客情報を一元管理でき、既に導入していたレジに紐づく商品管理システムや、商品発送などに関わる他の外部システムとの連携が容易であることでした。
さらに、使い慣れた紙の申込受付表と同様の出力にもこだわりました。アナログからデジタルへの転換でスタッフにかかる負担、どうしても出てきてしまう抵抗感をできる限り少なくするためには、変化も最小限にすることが必要だと考えたからです。

受付表は手書きで記入していたもの(左)とほぼ変わらない見た目に調整

工藤さん
「個人向け体験に以前から利用していたオンライン予約サイㇳは商品管理システムと連動させられず、不便に感じていました。体験だけでなく商品を気に入って購入してくださる方も多く、お客さまに合わせた丁寧な情報発信のためにも、全部の情報をつなげて管理したいと考えたんです。
これまで同様の受付表を出せるかどうかは大手企業にも問合せましたが、そこまでのカスタマイズに応じてくれるところはなく、私たちの希望に沿って柔軟に進めてくださる、商品管理システムを開発したIT企業に依頼することを決めました」

店頭にはタブレットを設置し、英語・中国語・韓国語での工房紹介や商品詳細、通貨換算レート表示に加え、体験陶芸教室受付も行うことに。予約受付や顧客管理情報を連携させるアプリの開発も進めました。

実際の表示や動きを確認しながら構築したタブレットアプリ

また、接客のヘルプに入るタイミングの見極めと人の動きの可視化のため、店内に3台のカメラも導入しました。1台は来店客の姿を作業場などに設置したモニターに映し、制作中のスタッフも来店状況を確認残り2台はヒートマップと来客カウント用のAIカメラで、店内での人の流れや時間帯・曜日などによる来客データを取得するのが狙いです。

AIカメラとモニターの設置状況

工藤さん
人が通ると音の鳴るセンサーは導入していたんですが、それがお客さまなのか、スタッフなのか、業者さんなのかはわからない。制作には集中力とまとまった時間が必要です。集中はいったん切れると元に戻すにも時間がかかり、仕上げられる商品の数が少なくなってしまいます。店頭に行ってみて接客が必要なかったということはできるだけ避けたい。音だけでなく映像も見えるようにすることで、行くべきかどうかを判断できるようになると考えました」

陶芸体験教室総合予約サイトの構築、多言語対応タブレットの設置、AIによるヒートマップやカウントも可能な3台のカメラの導入。これらの取り組みは、石垣焼窯元に大きな効果をもたらします。

※一部機器の導入は沖縄DX促進支援事業による補助対象外となっています

2時間半の業務が30分にまで激減。制作にかける時間も大幅にアップ

工藤さん
「タブレットは、あちらを直したと思ったらこちらが元に戻る、こちらの表示を調整したらあちらの見え方がおかしくなる、そんなことの繰り返しでとにかく大変でした。こうなりますよ、と文字で説明されても理解できず、使用予定のタブレットを購入して実際の表示や動きを確認しながら進めました。最終的にきちんとこちらの声を反映して仕上げてもらって、本当に感謝しています」

タブレットとの連動にも様々な苦労がありつつ、システムは無事に完成。FAX・メール・電話・予約サイトと4つだった入口が一つになりました。予約時に記入された顧客情報は受付表に自動的に反映され、手作業だったGoogleカレンダーとの同期、予約確認やフォローメールの配信も自動化。発送時の送り状も、システムから取り出したcsvデータを輸送会社の提供するソフトウェアに連携し、一括発行されます。

現在では陶芸体験教室予約申込はほとんどがオンライン経由になり、電話や店頭での申込は1日数件に。特に、人数調整などの変更が出やすく、連絡頻度の高い団体予約管理の負担が大幅に軽減されました。システムの使用がどうしても難しい場合はFAXや電話で申込を受け、スタッフが入力する柔軟な対応も行っています。

実際の表示や動きを確認しながら構築したタブレットアプリ

店頭での申込にはタブレットから必要事項を入力してもらい、リアルタイムでシステムに反映。難しい場合はオンライン予約同様にスタッフが代行しています。説明や確認の手間は大幅に減り、トラブルの原因になることが多かった発送時期、住所の確認なども大きく変わっています。

工藤さん
発送までの期間は受付の際に画面や自動配信の予約確認メールなどに注意事項として表示し、チェックしてもらっています。発送が遅れる場合にも、体験の日付などで絞り込んで一斉メールを送信できるようになり、クレームやトラブルはほとんど起きなくなったんです。クレーム対応に追われていたスタッフの心理的負担も少なくできたと感じます

こうした成果で、約2時間半だった体験受付業務は30分にまで削減。タブレットで多言語による案内やレート表示が可能になったことで、海外顧客対応にかかる説明時間も20分から8分に体験受付は15分から5分へと半分以下に圧縮されています。
入口カメラからの映像を確認することで制作に集中できる時間が増え、商品供給スピードもアップしているということです。

データは「ざっくり」活用。顧客の求めるものを知り、石垣ブルーをより多くの人の手へ

お客さまが求めるものを把握するためにAIを活用し、心を込めて商品を作り、販売し、さらに良いものを提供していく。会員制度の充実やタブレットを活用した店頭アンケート実施、ヒートマップと販売管理データとの連携、来店予想に合わせたシフト管理などを視野に入れながらも、工藤さんのデータへの向き合い方には少しも力みがありません。どうしてそんな向き合い方ができるのか、また、今後データを経営に生かしていきたいと考える経営者の方へのアドバイスを求めると、こんな答えが返ってきました。

工藤さん
「データ分析と言えるほどガチガチにやるつもりはなくて、あくまでもざっくり。それでも売れている商品や、お客さまのニーズが見えてきたりするんです。だから、肩肘張らずに、まずはちょっと見てみる。それだけでも見えるものは大きく変わると思います。
いきなり数字を見るのではなくて、それがわかりやすく可視化されたグラフや、色で直感的に多い少ないをとらえられるヒートマップなどから入ってみてもいいかもしれません

店内のどこに人が集まっているのかが直感的にわかるヒートマップ

当初は「そんなに大きな店舗でもないし、どうしてシステム化やデータ活用が必要なんだろう」という反応だったというスタッフたちに、「システムを入れたら覚えないといけないこともあるけど、今までやってきたこんな作業が減るよね。一つだけやることが増えるけど、その分早く帰れるし、制作の時間も取れるようになるよね。どっちがいい?」といった声かけをしていたという工藤さん。

アナログな業務が変われば、絶対に現場の負担は減る。データを見れば、顧客のニーズを知り、求められるものを提供することができる。工藤さんはその確信を持ち、何のためのシステム導入、データ活用なのかを明確に示しながら、現場の負担をしっかりと減らしていくことに焦点を当ててDXに取り組んできました。
今、ITに対するスタッフの変化を実感していると話します。

工藤さん
「DXに関してはまだしっかり意識できていないかもしれませんが、もうデジタルやITへの拒否感はなくなってきているかな、というところです。ヒートマップやカウント数といったデータも、例えば今月人が多く集まっている場所に置いていた商品を移動してみることで、その商品が本当に人気なのかどうかが見えてきます。
データからくみ取れる情報から何を作っていくかを一緒に考え、少しずつ意識を変えていけたらと思っています」

石垣島の美しい海を映した「石垣ブルー」の価値をデータの力でより高め、より多くの人の手へ。石垣焼窯元の取り組みは続いていきます。

 

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