- 事例紹介
- IT活用/データ活用
MRO Japan株式会社(以下、MRO)は、国内外の航空会社、自衛隊の航空機や装備品の整備・修理などを担う、日本唯一のMRO(Maintenance(整備)、Repair(修理)、Overhaul(オーバーホール))の専門会社。2015年に設立、2019年に那覇空港内へ移転し、日本ならではの高い品質と技術力で空の安全を支え、航空産業と地域社会の発展に貢献しています。
MROは整備品質の向上、工具類管理の改善を目指し、2022年からウェアラブルカメラと5G、クラウドサービスを組み合わせた作業映像記録の保存・活用に着手しています。その背景と成果、今後目指す姿について、中心となって導入を進めた総務部IT推進課 課長の重信賢一朗(しげのぶけんいちろう)さん、現場で活用を推進する機体整備部電装整備課 課長の吉村和幸(よしむらかずゆき)さん、機体整備部客室整備課 課長の岩本厚司(いわもとあつし)さんにお話をうかがいました。
整備作業をあいまいな記憶ではなく、確実な映像記録に残したい
航空機を利用するすべての人の安全と航空産業を支える整備作業。重信さんは、「整備品質の維持と向上」「工具類の管理」に常に全力で取り組み、改善を目指す中で、課題と感じていた部分を次のように語ります。
重信さん
「私たちが行っている航空機の整備では、万が一作業に不具合が出た場合、検証作業や再発防止の取り組みが必須です。これまでは本人にヒアリングを行う手段しかありませんでした。また、工具などの置き忘れが発生すると、すべての作業を中断して現場総動員で紛失した工具が見つかるまで何時間も探します。工具などの置き忘れが発生した時間や場所をスピーディーに特定し、探し出す方法があれば、と感じていました」
こうした課題を解決するため、経営陣は「整備作業中の映像記録を残し、確認可能な状態で保存する」という手段に注目。2020年策定の経営計画にもウェアラブルカメラ導入に向けた機器選定を盛り込み、2021年から実現へ向けて動き始めます。
低コスト・スピード重視。携帯電話回線を使いデータは格納場所を分ける
眼鏡やポケット、ヘルメットへの装着など様々なタイプのあるウェアラブルカメラ。小型でバッテリーの持ちが良く、データ保存と通信がスムーズに行えるという視点から、ポケットなどに挟んで取りつけるテクノホライゾン社のカメラを選定します。
1日5,000GBが予想される映像データはクラウドで保管、データの送信には光回線などで施設全体にWi-Fi通信網を張るローカル回線ではなく携帯電話(キャリア)回線を使用する日本初の取り組みがこうして始まりました。
ウェアラブルカメラは、一人1台の使用を見据え360台を導入。撮影した映像をライブ配信・録画・アーカイブするクラウドサービスの開発・提供はブロードバンドタワー社およびヘリックス社、撮影した映像データを通信速度を落とさずクラウドへつなぐ環境の構築と端末の提供はKDDI沖縄セルラー社が担いました。
大規模な設備投資と工事を必要とするローカル回線ではなく、携帯でのテザリングを採用し、直近30日間の映像データのみすぐに参照できる形で、それ以前のデータはアーカイブとして保存する。費用と期間をできる限りコンパクトにする工夫も光ります。
重信さん
「ローカル通信回線は安定性やセキュリティの面では優れていますが、格納庫全体に入れるには大規模な資金と工事期間が必要になってしまいます。ちょうど機器入れ替え時期でもあり、5Gで高速・大容量のデータ送信が可能になった携帯電話のテザリングを使うことで、コストと導入期間を縮小させました。
映像記録を保管するには2年分では2PB(ペタバイト※)が必要な計算。最長30日間を要する航空機整備に合わせ、振り返りに使用する可能性が高いこの期間の映像記録はすぐにアクセスして参照できる場所へ、それ以前のものはダウンロードして閲覧する形にすることで、保管にかかる費用を抑えました」
2022年7月から導入、トライアルを開始。約1年が経過した2023年5月末、プレスリリースが発表され、この取り組みが世に知られることになります。
※PB(ペタバイト):1PB=1,000TB(テラバイト)。100万GB(ギガバイト)に相当するデータ量の単位
整備グループごとに1台以上のカメラが稼働。トラブルを未然に防いだ例も
ウェアラブルカメラは安全確保の観点から作業によっては使用できない場合があること、音声と映像が記録されプライバシーにもかかわることから、現在、個人で装着している整備士は20%程度。しかし、整備する箇所に応じて作られる2~15名のグループには「カメラ責任者」を置き、必ず1台以上のカメラが映像を記録する、という形で運用が行われています。
航空機整備のDXを目指す日本初の取り組み。その効果が表れた事例を話してくださったのは吉村さんです。
吉村さん
「カメラを導入して少し経った頃、尾翼の取り付け作業終了後、作業中にかけたカバーを外したかどうか確認できていない、ということが起きました。映像記録がなければ、作業をすべてさかのぼって確認しなければならず、数時間はかかるケース。でも、録画されていたカメラの映像から、作業中にかけたカバーは確実に取り外されていることが確認できたんです。かかった時間は10分ほどでしたね。
ほかにも、ある整備士が帽子を置き忘れ、自分の動線をたどっても見つけられなかったんですが、映像を確認するとまったく行った記憶のない場所が映っており、そこで発見できた、ということもありました」
1年に1、2回起こるか起こらないかという大きなトラブルがもたらす影響と、確証のない記憶ではなく、客観的な映像記録で現場の状況をさかのぼれることの効果を、岩本さんは次のように語ります。
岩本さん
「機体の中に何かを置き忘れてしまった場合、『多分あの場所に置いた』『〇時頃までは持っていた』という確証のない記憶をもとに作業するわけにはいきません。捜索にあたっては、担当していた場所で見つからなければ、当該機でその日の朝から行った作業場所をすべて捜索することになり、捜索時間が100人×数十時間という単位になってしまう場合もあります。過去に発生したミラーの置き忘れの際には、定時後17時から23時頃まで総動員で捜索、それでも発見できずいったん打ち切り、翌日午前中に再開してようやく発見したこともありました。
映像記録は人の記憶とは違って客観的な証拠となるもの。すぐに発見できるケースはもちろんですが、『この時間まではあった』『この時点で持っていない』といった絞り込みができるだけでもかなり大きな作業時間や工数の短縮につながります」
整備士を守り、技術を伝え育てていくツールとして活用を
工具置き忘れなどによる確認作業発生を防ぎ、大幅な作業効率化を実現しているウェアラブルカメラの導入。吉村さんは、映像記録は整備士が正しい手順で作業したことを証明するツールにもなるもので、さらなる現場への浸透を図りたいと語ります。
「カメラをつけて作業の映像記録を残すことは、万が一整備後の機体に不具合が起きた際にも、正しい手順で整備を終えたことを証明し、整備士自身を守るツールにもなります。プライバシーの面などから装着が進んでいない面は改善していきたいところです」
ウェアラブルカメラの映像データは、今後、技術の継承や教育、遠隔地の作業支援にも活用が予定されています。
重信さん
「高いスキルを持っているのは40代から60代のベテラン整備士。彼らの技術を継承するためにも、また、経験の浅い整備士の教育の高度化・効率化のためにも、映像記録を教材として活用していきたいと思っています。また、携帯端末を使用しているので、どこへ移動しても記録が可能です。
将来的には遠隔地で作業する新人整備士のライブ映像を本部とつなぎ、熟練者が適切なサポートを行うといったことにも取り組む予定です」
ウェアラブルカメラは航空機整備の現場にとどまらず、様々な場面で活用できるもの。導入を検討している方へ向け、アドバイスもいただきました。
重信さん
「建設・製造業の現場、修理点検を行う様々な業種で、安全管理、各種点検作業、修理や工事・制作工程などの作業の記録はもちろん、教育訓練資料、管理画面とつなぎ遠隔地から作業支援を行うといった活用が考えられます。
まずはウェアラブルカメラをどのように活用するか、どのような目的を持って導入するかを明確にし、映像解像度、操作性などからの機器選定、さらにはウェアラブルカメラで撮影した映像データをどこに保存するのか(例えばクラウド)といった検討も必要です。新たな視点や体験を提供する画期的なツールなので、ぜひ最適なウェアラブルカメラを見つけて活用してみてください」
航空機整備の品質向上とDXを目指し、ウェアラブルカメラでの整備映像記録・活用に取り組むMRO。新たなスタンダードを作っていくであろう今後の取り組みに注目です。