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石垣島で2000年に設立された木製建具・家具製作会社、有限会社うえざと木工(以下、うえざと木工)。納期に追われる状況や残業の多さを改善するため、スタッフの増員、最新設備導入やExcelの活用といった生産性向上に努めてきましたが、根本的な解決には至りませんでした。
そんな中、取締役の東上里和広(ひがしうえざとかずひろ)さんは、あるセミナーで知った事例から「情報共有システムの導入が不可欠」と確信。福岡のスタートアップ企業と協力し、木工業に特化した業務管理システム「Kiinnovator(キーイノベーター)(※)」の開発に乗り出したのです。
2024年現在県内外19事業社に導入され、木工業全体のDXを推進する原動力となっている業務管理システム開発に至った経緯と目指す未来を、東上里さん、技術設計部長の大山健太(おおやまけんた)さんにうかがいました。
※Kiinnovator(キーイノベーター)
紙を使い、手作業で行っていた現場管理、図面共有、負荷(仕事量)予測、在庫管理などを簡単にするために生まれた、木工業のための業務管理システム。アナログの感触は大切にしながら効率化やペーパーレス化を実現している

「手入力・紙管理をなくしたい」セミナー参加から独自システム開発へ

うえざと木工は地元石垣島の木材を積極的に使用し、建築に使われる建具や家具の製作を手がけています。スタッフ増員に加え、最新の木工用機器の導入も積極的に行って「作る」作業の効率化を進めてきましたが、納期に追われ残業が発生する状況を打開することはできなかったのだそうです。

東上里さん
「製作の部分は、最新機器の導入を行うことである程度時間短縮や効率化を図れます。しかし、製作に直接関わらない部分、つまり見積書や資材の発注・在庫管理などの面ではなかなかうまくいきませんでした。
Excelでマクロを組み、図面から必要な資材や金具の一覧・発注も可能な納期一覧表を作り、PDFに落としてLINEで共有するといった取り組みも行っていましたが、自動化するには限界があり、手入力や紙での印刷・管理をゼロにすることはできません。もっと簡単に、もっと効果を出せないか、スタッフの『働く質』を向上できる方法はないか、と探していました」

取締役の東上里和広さん

注文を受けるとまず紙の図面を起こし、それをもとに製作が進められますが、図面の破損や紛失、途中で起こる仕様変更などが反映されず、古い情報のまま作られてしまうといった状況も発生。担当者のみが製作工程を管理するため、進捗や必要な資材の注文状況などが共有できず、確認のやりとりに時間を取られていたそうです。

そんな折、中小企業基盤整備機構の開催するセミナーに、システム化により再生した老舗旅館『陣屋』が登壇することを知った東上里さんは、絶対にヒントがある、と、最前列で記録を取りながら参加。「業務の効率化を図るためには、すべての業務を一元管理し、誰でも簡単に正確な情報を共有できるシステムの導入が不可欠」と確信します。
セミナーから帰ってすぐに情報収集を始めたものの、既存の業務管理システムでは木工業には対応できないと感じ、「作るしかない」と決意。木材製造会社のシステム化を担った経験を持つ福岡のスタートアップ企業にオファーし、木工業界に特化した業務改善システムの開発が始まったのです。

資金は躊躇なく投入。システム開発も「同じものづくり」

システム開発にはまとまった費用が必要ですが、東上里さんに躊躇はありませんでした。『ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(中小企業庁実施)』も活用しましたが、自己資金で開発する前提だったといいます。

東上里さん
「設備投資にも1000万円単位の資金が必要な場合もあり、同じことだと考えています。システム開発は機器導入や人員増では越えられなかった働く質の向上を実現するために絶対に必要な投資。結果的に補助金をいただきましたが、もし採択されなかったとしても、中止するつもりはありませんでした」

ベースとなったのは、Excelにマクロを組んで行っていた注文品の図面に対応する資材・金具の紐付け、発注・納期管理。パートナー企業にExcelを共有して検証し、要件定義を行いました。東上里さんが目指したのは、Excelでは実現できなかったリアルタイムでの情報共有に加え、手入力や紙での管理を省き、画面上ですべてが完結するシステムです。

Excelでマクロを組み、取り組んだ効率化が新たなシステムの原点

開発にあたってパートナー企業との調整役を担ったのは、木工職人として入社し、Excelによる見積や製作管理を行っていた大山さん。Excel管理の問題点を痛感していたものの、特にITに詳しかったわけではなく、当初は専門用語に戸惑ったそうです。

大山さん
「Excelデータの情報共有には、更新のたびにPDFに落とし、グループLINEに送る、という作業が必要です。かなりの手間と時間を取られていたので、もっと使い勝手良く、皆がリアルタイムで見られるものにできたらと考えていました。
ミーティングではシステムに関する専門用語が飛び交って、何度も質問して『ネットで調べてください』と言われてしまうことも(笑)。でも、見やすさ、使いやすさのために様々な部分で変更を重ね、より良いものにしていくのは、木工職人が建具や家具作りにかける気持ちと何も変わらない。苦労ばかりでなく、意図するものが形になっていく、ものづくりならではの楽しさも感じられるようになりました」

技術設計部長の大山さん

経験から得た知恵を生かし、約1年間のスピード開発を実現

「めんどうだと感じることを楽に変えていく方法を探すのが好きで、いつももっと効率よく、合理的にやる方法はないかと考えている」と話す東上里さん。業務効率化のために導入した木工業用見積ソフト『Doors(ドアーズ)』のライセンスを取得し、エンジニアとやりとりしながら数えきれないほどのソースコードを変え、より使いやすく仕様変更した経験も持っています。

東上里さん
「エンジニアからの質問は夜間が多かったのですが、なるべく間を置かず回答することでテンポよく進み、どんどん改善が進んでおもしろさが増すんです。間が空いてしまうと滞ってしまう。質問への対応のスピードが開発をスムーズに進める肝だと感じました。そこで、キーイノベーター開発時にもパートナー企業からの質問にはなるべく早く答えることを徹底し、回答のために社内での検討や議論が必要な場合もすぐに対応するようにしていました」

パートナー企業も、業務内容を丁寧なヒアリングによって整理し、システム化すべきもの、そうでないものを振り分けることから開発作業を開始。随時行うオンラインミーティングはもちろん、数カ月に一度は担当者がうえざと木工を訪れ、初期には従業員ひとりずつに「何がめんどうと感じるか」「何に困っているか」といったヒアリングも実施。開発が進むとデモ画面でシステムのイメージや使い勝手を共有し、意見を取り入れて仕様変更を重ねるといったコミュニケーションを重視する姿勢で臨みました。
良好な協力体制の中、現場の声を最大限に取り上げ、「タップ数をできる限り少なく」「堅苦しくなく、親しみやすいデザインに」と工夫を重ねての開発がスピーディーかつスムーズに進行。約1年という短期間で、キーイノベーターは完成します。

「使いたい」「広めたい」の声に応え、システム販売に踏み切る

うえざと木工で得られたキーイノベーター導入の大きな効果

キーイノベーターの本格導入が始まったのは2020年。ヒアリングやデモ使用など、開発段階からスタッフ全員を巻き込んで作り上げたシステムは、大きな混乱なく受け入れられました。「本当にやっていけるだろうか」と不安に思っていたスタッフも、皆でサポートし合うことで問題なく使えるようになっていったそうです。
その効果は目覚ましく、プリント枚数約83%削減総労働時間約32%削減が実現していますが、大山さんは「やや強引な手段も必要だった」と笑います。

大山さん
「つい、図面などを癖で印刷してしまうんですよね。そこで、原則印刷禁止にして、プリンターに『使用する場合は大山まで』と貼紙していた時期もありました。
今となっては印刷すると言ったら『どうして?』となりますし、キーイノベーターがなくなったらどうしよう、と言われるほどです」

タブレットが現場になくてはならない存在に

受注から納品まで、製品に関わる資料がすべてデジタル管理され、タブレットやパソコンからリアルタイムで確認・編集できるようになったことで効率化が進みました。さらに、事務や営業、木工職人といったお互いに見えにくい業務、従来は担当者のみが把握していた製品に紐付く業務も可視化されることで、数字に表れない効果も大きく感じられるようになったそうです。

東上里さん
「それぞれの部署が役割を果たし、会社の売上や業績につながっていると実感できることで、部署間にどうしても生まれてしまう壁を取り払うことにつながります。コミュニケーションやお互いのサポート、新たな取り組みなどの提案も活発になり、社内の雰囲気もより明るくなりました」

転機は、視察に訪れたある県外大手メーカー担当者の「全国の木工所が同じ課題を抱えている。このシステムを販売したい」という言葉。同業者からも「欲しい」「使ってみたい」という声が多く上がっていたそうです。
キーイノベーターの名前には、海外木工所の効率的な働き方などを視察で目の当たりにし、日本も変わらなければ、と以前から感じていた東上里さんの「木工業界にイノベーションをもたらしたい」という願いが込められていました。販売を目的に開発したシステムではなかったものの、自社での使用を通し導入効果も十分に実感できていたこと、木工業界への思いを共有できる販売代理店との出会いも後押しとなり、垣島で生まれたシステムが全国の木工所へと届けられることになったのです。

DXは難しくない。まねすることからも道は開ける

2021年11月、県外展示会で販売を開始したキーイノベーターは、IT導入補助金の対象ツールとしても登録され、2024年10月現在、全国19事業社で導入・活用されています。サポート体制を重視し、導入のためのコンサルティングや支援には、開発に携わったエンジニア、販売代理店、うえざと木工がチームを組んで対応。フォローも随時行っています。

東上里さん
「本来ならランニングコストが発生しない買い切り型の方がいいのですが、売って終わりにしてしまうと、うまく使いこなせず眠ってしまう、ということも起きてしまいます。ユーザーが不便に感じる点、改善できる点はどんどん反映させていきたいですし、様々な課題に対して私たちが持っているノウハウも余さず伝えたいと思っています」

紙の図面のように手書きの指示も可能。現場での使いやすさを追求したシステム

販売開始以降何度もバージョンアップを重ね、より使いやすく進化しているキーイノベーター。今後は見積などの業務にはAI活用も行い、チャット機能も実装してより情報共有を活発にし、木工業者のみならず顧客も巻き込んだコミュニティを作り、新たなビジネスの形も模索したいと考えているそうです。

コンサルティングを「おせっかいみたいなもの」と考えているという東上里さん。これからDXに挑もうとする経営者へのアドバイスをうかがったところ、次のように話してくださいました。

東上里さん
「ポケベルが携帯電話になり、さらにスマホになった。これってDXなんです。携帯電話もスマホも、買って使ってみれば使えるようになる。それと同じことで、やるかやらないかを決めるだけ、覚悟があれば大丈夫です。
あとは、良いと思う企業さんのまねをすること、教えてもらうこと本来なら何カ月もかけて出さなければならない答えに一瞬でたどりつける方法です。弊社も、色々な企業さんの事例、見学で知った方法をそっくりまねたり、アレンジしたりして取り入れ、今があります」

人にしかできない業務に専念し、培ってきた技術により磨きをかけて差別化を図ること。デジタル機器に慣れ親しんだ若い世代に魅力を感じてもらえる職業であること。今、様々な業種で求められている変化は、技術を持った職人が減少しつつある木工業界ではより大きな課題となっています。
木工業界にイノベーションをもたらしたい、という願いを込めて名付けられ、全国へと広がるキーイノベーター。立ちはだかる課題を乗り越える大きな力になる日が待たれます。

【会社概要】
名称 有限会社 うえざと木工
事業内容 木製建具・家具製作・CNC加工・レーザー加工・ソフトウェア開発
代表者 取締役 東上里和広
所在地 沖縄県石垣市石垣1838
設立 2000年 6月
従業員数 23名

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